
住まいの快適性や光熱費に直結するのが「断熱」です。しかし、わざわざ専門家を呼ばずとも、家にある道具や手軽に入手できる機器で、自宅の断熱効果を簡単に測定する方法は数多く存在します。本記事では、温度計・湿度計・サーモグラフィー(スマホ用アタッチメント含む)・お香や薄紙などのシンプルな道具を用いて、再現性と安全性に配慮しながら断熱の効き具合を見える化する実践手順を、失敗しやすいポイントや判定の目安とともに詳しく解説します。最後に、結果を改善に結びつけるための具体策や、Ua値・C値といった専門指標の読み解き方も整理します。
この記事の狙いと「簡易測定」の考え方
本稿で扱うのは、居住中でもすぐに取り組める自宅の断熱効果を簡単に測定する方法です。厳密な数値認証を得るための試験ではなく、劣化や弱点の早期発見・改善優先度の判断・改修効果の比較に役立つ「家庭用の診断術」を目的とします。測定は次の三本柱で捉えると理解しやすくなります。
- 熱がどれくらい出入りしやすいか(温度の変化率・温度差)
- どこから逃げているか(表面温度のムラ・隙間風の有無)
- 住環境としての安定性(湿度の揺らぎ・結露・エネルギー消費)
なお、簡易測定は環境条件に影響を受けます。比較のために、できるだけ同じ条件(時間帯・天気・運転状況)で行うこと、複数回実施して傾向を見ることを心がけましょう。
準備編:安全・再現性を高める基本条件
用意しておきたい道具
- 室内用の温度計(複数個あると理想)
- 屋外用の温度計(直射日光・雨が当たらない場所へ設置)
- 湿度計(温湿度計でも可、できれば記録機能付き)
- 非接触の表面温度計(赤外線温度計)またはスマホ用サーモグラフィー
- ドラフト確認用:薄紙(ティッシュ)、お香(煙)、軽い糸など
- 記録用のノート、またはスマホのメモ・表計算アプリ
- 可能なら簡易風速計、スマートプラグ(暖房機器の消費電力把握用)
測定日の選び方と共通ルール
- 外気と室温に十分な差が出る日を選ぶ(冬の早朝・夜、夏の暑い午後など)。
- 直射日光や調理・入浴などの一時的な内部発熱の影響が少ない時間帯に行う。
- 測定中は窓・ドアの開閉や換気扇の強運転を避ける(ドラフト検査以外)。
- 安全第一。火気を使う場合は可燃物を退避し、火災報知器・ガス機器に配慮する。
これらを守ることで、「今日はたまたまだった」という偶然要因を減らし、結果の信頼性が高まります。
方法1:温度減衰(上昇)テストで「断熱の持ち」を見る
住まいの「冷めにくさ・暖まりにくさ」は断熱の基本性能を反映します。暖房(または冷房)を止めた後の室温の変化速度を追うことで、断熱の持続力を簡易比較できます。
冬の温度減衰テスト(冷めにくさ)
- 測定前に居室を一定温度(例:20℃)まで暖房で安定させる。カーテンは通常運用に。
- 屋外温度を記録(できれば5分おき)。
- 暖房を停止し、窓と内ドアを閉めた状態で60分間、室温を5分ごとに記録。
- 同時に他室(廊下、北側個室、1階と2階)も数カ所で測ると分布が分かる。
判定の目安(外気が0~5℃程度の夜間を想定)
- 60分で室温低下が1℃未満:断熱・気密の持ちが良好。
- 1~2℃:標準的。窓まわり対策や隙間風抑制でさらに改善余地。
- 2℃超:外皮(窓・壁・天井)の弱点やドラフトの可能性が高い。
同じ家でも部屋によって差が大きい場合は、外壁に面した部屋・北側・天井裏直下・階段付近などの部位に課題があることが多いです。
夏の温度上昇テスト(暑くなりにくさ)
- 午前の涼しい時間に室温を安定させ、冷房を停止。日射の影響を避けるためカーテンやブラインドを閉める。
- 日当たりの強い午後にかけて、屋外温度と室温を10分ごとに90分記録。
判定の目安(外気30~35℃、直射遮蔽あり)
- 90分で室温上昇が1.5℃未満:屋根・外壁・窓の断熱や日射遮蔽が効いている。
- 1.5~3℃:標準域。日射遮蔽や通気層の確認で改善可能。
- 3℃超:屋根・窓からの侵入熱が大きい可能性。方位別の追加調査を。
いずれのテストも、外気変動(風・雲)や内部発熱で結果が揺れます。2~3回実施して平均を見ると傾向がつかめます。
方法2:室内外・部屋間の温度差マップで弱点を特定
家じゅうの温度を同時に測ると、断熱の効き具合が視覚的に分かります。安価な温度計を複数用意し、短時間で回収すると手際よく測れます。
手順
- 屋外温度を基準として記録(直射日光・地表輻射の影響を避ける)。
- 各室の中央、外壁側の壁から50cm付近、窓際(ガラスから30cm)、階段の上下などに温度計を配置。
- 10~15分後に一斉に読み取り、平面図にメモして簡易マップ化。
読み解き方の要点
- 冬:窓際や外壁沿いの温度が室中央より大きく低い→窓・躯体の熱損失が大きい。
- 夏:日射方位(西・南)側の室温上昇が顕著→日射遮蔽の強化が有効。
- 上下差:床面と天井面の差が3℃以上→ドラフトや断熱不足、気密低下で空気が偏在。
方法3:表面温度と結露リスクのチェック(赤外線温度計/サーモ)
体感は空気温度だけでなく、表面温度にも強く左右されます。赤外線温度計やスマホ用サーモグラフィーで壁・窓・天井の温度を点検すると、断熱の弱点が一目で分かります。
測るポイントと順番
- 窓ガラス中央・サッシ枠(特に下枠)
- 外壁に接する壁のコーナー(熱橋が出やすい)
- 天井と壁の取り合い、梁や柱のライン
- 床下に近い壁、玄関土間、北側の押入れ内部壁
判定のヒント
- 冬:室内空気温度と表面温度の差が大きいほど、放射冷却による寒さ・結露リスクが高い。窓ガラス表面が露点付近(息が曇る、しっとり)なら改善優先。
- 夏:内壁の局所的な高温、天井裏直下の温度上昇は、屋根断熱や小屋裏換気の見直し候補。
湿度計があれば、室内湿度と空気温度から概ねの露点を把握できます。例えば室温20℃・相対湿度60%なら露点はおよそ12℃程度。表面温度が露点を下回ると結露します。露点近くまで冷えている面は、断熱または換気・除湿の対策対象です。
方法4:サーモグラフィーで温度分布を可視化
サーモグラフィーは、壁内断熱の欠損・施工ムラ・隙間風による冷気の流入などを色分布で直感的に把握できる強力な手段です。スマホ用の外付けタイプでも、条件を整えれば有用な情報が得られます。
撮影のコツ
- 冬は暖房運転で室外との差を大きくした直後、夏は冷房運転中に実施。
- 窓・コーナー・コンセントボックス・梁のラインなど、熱橋が出そうな箇所を重点的に。
- 外気の風が強い日は避ける(外皮表面の温度が乱れる)。
サーモで色が「冷たい」筋状に出る場所は、断熱欠落や隙間風の通り道の可能性があります。気になる箇所は赤外線温度計で数値を取り、再現性を確認しましょう。
方法5:隙間風(ドラフト)の検出
気密の低下は、断熱材の性能を十分に引き出せない最大要因です。自宅の断熱効果を簡単に測定する方法として、隙間風の有無を見極める簡易テクニックは特に有効です。
安全に配慮した簡易検査
- 薄紙テスト:窓枠・ドア枠・配管貫通部・天井点検口などで、薄紙や糸をそっと近づけ、揺れや吸い付きで気流の存在を確認。
- お香の煙:微少な気流の可視化に有効。下方にトレイを置き、可燃物を遠ざけ、少量で短時間だけ使用する。
- 手の甲感知:皮膚感覚は敏感。コーナーや幅木、コンセント周りで冷気・熱気を感じるか確かめる。
- 換気扇差圧の簡易活用:家中の窓・ドアを閉じ、トイレ換気扇を弱で回してから、隙間の風の流れを薄紙で確認(強運転は避ける)。
火気使用時の注意:カーテンや紙類、ガス機器から離し、必ず目の届く範囲で短時間に留めてください。心配な場合は薄紙・糸・風速計の組み合わせを優先しましょう。
ドラフトが見つかったら、窓の戸車調整・モヘア(隙間テープ)追加、コンセントボックス周りの気密パッキン、点検口の気密材など、小規模で効果の高い是正策から着手すると費用対効果が上がります。
方法6:湿度の揺らぎと結露の観察で「居住快適性」を評価
断熱・気密がしっかりしている家は、外気の変動に対して室内の温湿度が安定しやすいという特徴があります。湿度の推移は、断熱と換気のバランスの指標になります。
観察ポイント
- 冬の夜~朝にかけての室内湿度の上昇量(居住発生水蒸気に対する器の大きさ)。
- 窓や北側壁面の結露・カビの有無と頻度。
- 梅雨時の湿度滞留(除湿の効き方)と、冷房時の過度な乾燥の有無。
湿度が極端に上下する、あるいは結露が繰り返される場合は、断熱改善(特に窓)とともに、計画換気の確認・運転、居室の発湿源(室内干し・加湿器)の見直しも検討しましょう。
方法7:光熱費と外気条件を使った簡易指標づくり
厳密な計算は専門領域ですが、家庭でも「どのくらいのエネルギーで室温を保てているか」をざっくり把握できます。暖房機器にスマートプラグを挟み、屋外平均気温とセットで記録します。
手順(暖房期の例)
- 1日のうち、在室・定常的な時間帯(例:18~22時)を対象にする。
- この時間帯の暖房消費電力量(kWh)と屋外平均気温、室内設定温度を記録。
- 「消費電力量 ÷(室内設定温度-屋外平均気温)÷ 床面積」で、簡易的な単位負荷を算出。
この値は家庭版のベンチマークとして使えます。窓の断熱フィルム施工やカーテン強化、隙間封止などの前後で同条件に近い日に再測し、数字が小さくなっていれば改善効果が確認できます。
追加の簡易チェックリスト:見逃しがちなサイン
- 床の冷たさ:冬季に素足で冷えを強く感じる床は、基礎断熱・床断熱の不足や床下からのドラフトの可能性。
- 階段・廊下の風:階段室で風の通り道ができると上下温度差が拡大。手すり隙間や建具の調整も有効。
- 押入れ・家具裏のカビ:外壁側での表面温度低下と換気不足の複合サイン。離隔と通気確保を。
- 玄関土間の結露:コンクリートの熱容量と外気の影響。断熱マットや扉下気密で改善。
- カーテンのふわつき:窓周りのドラフトの視覚サイン。レール上の隙間や丈の調整で抑制。
結果の読み合わせ:総合的な評価の進め方
単一の測定だけで断熱性能を断定するのは危険です。温度減衰テスト・温度差マップ・表面温度・ドラフト・湿度・光熱費の6点を組み合わせ、矛盾しないかを確認しましょう。
簡易スコアリング例
- 温度減衰(60分):1℃未満=2点、1~2℃=1点、2℃超=0点
- 窓際温度差(室中央との差):1℃未満=2点、1~3℃=1点、3℃超=0点
- 表面温度の冷点(冬):露点超過=2点、露点±2℃=1点、露点以下=0点
- ドラフト検出:ほぼ無し=2点、弱い=1点、明確=0点
- 湿度安定(冬夜~朝):上昇幅10%未満=2点、10~20%=1点、20%超=0点
- 光熱費単位負荷(自宅比改善):改善=2点、同等=1点、悪化=0点
合計10~12点なら良好、6~9点は改善余地、5点以下は重点対策を、というふうに自宅の断熱効果を簡単に測定する方法
改善につなげる「小さく始める」対策
測定結果を受けて、費用対効果の高い順に対策を進めるのがコツです。
- 窓対策:気密モヘア・戸当たりの調整、隙間テープ、冬の断熱カーテンライナー、内窓の追加や樹脂製内窓キット。
- 出入口・点検口:ドア下端シール、郵便受けのドラフトストッパー、天井点検口の気密材追加。
- 配管・配線貫通部:発泡ウレタンや気密パテでの封止(可視範囲・安全に配慮)。
- 床際・幅木:隙間充填で冷気の進入を抑える。ラグや断熱マットも有効。
- 日射遮蔽:夏は外付けすだれ・オーニング、内側では遮熱レースやブラインドの角度最適化。
対策の前後で必ず同様の簡易測定を繰り返し、効果を数字と体感で確認しましょう。
専門的な指標とプロの測定を知る
Ua値(外皮平均熱貫流率)
建物の断熱性能を示す代表的な指標がUa値です。値が小さいほど断熱性能が高いことを意味します。新築時の設計資料や性能報告書に記載されることが多く、地域区分により基準値が異なります。一般に温暖地の最低基準はおおよそ0.87 W/m²K前後、高断熱を志向する住宅ではさらに小さい値(例:0.6以下)を目指すことが多い、という傾向があります。既存住宅では設計値が無い場合も多いため、本記事のような簡易測定で弱点部位を絞ることが現実的です。
C値(相当隙間面積)
建物の気密性能を表す指標がC値で、小さいほど隙間が少ない状態を意味します。専用の送風機で家全体に圧力差をかけて測るプロの試験が必要です。一般にC値が1.0以下だと高い気密とされますが、地域・建物条件・測定条件で解釈は異なります。簡易的には、本記事のドラフト検査で気流の有無を確認し、是正の優先順位をつけることができます。
よくある落とし穴と注意点
- 直射日光の影響:窓際や外壁の温度は日射で大きく変動。測定は日射の少ない時間帯か遮蔽下で。
- 内部発熱の混入:調理・入浴・機器の熱で結果が乱れる。測定前に落ち着いた状態を作る。
- 風の強い日:外風は外皮表面熱伝達と隙間風を増やす。比較試験は穏やかな日に。
- 単発の結果で断定しない:最低2~3回は測定して平均・傾向で判断。
- 安全第一:火気・脚立作業・電気機器の取り扱いは無理をせず、危険を感じたら中止。
季節別のチェック計画(年間ルーティン)
冬(11~2月)
- 温度減衰テストで「冷めにくさ」を評価。
- 窓・サッシの表面温度と結露観察。
- ドラフト検査(薄紙・お香)。
梅雨~夏(6~9月)
- 温度上昇テストで「暑くなりにくさ」を評価。
- 日射方位別の室温分布とサーモ撮影。
- 除湿・換気の効きと湿度の安定性を確認。
中間期(3~5月、10月)
- 改修前後の比較試験に最適(外乱が少ない)。
- 点検口や配管周りの気密補修、窓まわりの調整。
ミニケーススタディ:窓対策の効果を測る
例として、リビングの掃き出し窓に内窓を追加したケースを想定します。施工前後で次を同条件で比較すると、効果が分かりやすくなります。
- 冬の夜(外気2℃前後)、室温20℃での温度減衰テスト(60分)。
- 窓ガラス中央・サッシ枠・窓際床の表面温度。
- 窓際と室中央の空気温度差。
- 同時間帯における暖房の消費電力(スマートプラグ)。
多くの場合、内窓設置後は窓面の表面温度が上がり、温度減衰が緩やかになり、窓際の冷輻射感・コールドドラフトが軽減されます。数字で確認できると、投資対効果の判断がしやすくなります。
スマートデバイス活用のヒント(2025年の実情)
最近は、手頃な価格の温湿度ロガーやスマートプラグ、スマホ連携のサーモグラフィーが普及し、自宅の断熱効果を簡単に測定する方法の幅が広がっています。複数部屋に温湿度ロガーを設置し、1週間の時系列データを見れば、方位・階層・部屋用途ごとの癖が読み取れます。データはCSVで保存し、改修前後の比較に役立てましょう。
自分でできるが、プロに頼るべきタイミング
- 結露・カビが広範囲に発生し、健康影響が懸念される。
- サーモで壁一面の温度むら(断熱欠損疑い)が出る。
- 改修費用が大きく、確実な効果予測が必要。
このようなケースでは、気密測定(C値)や詳細診断、改修シミュレーションを含む専門家の診断を検討しましょう。専門測定は費用がかかりますが、改修の優先順位を的確に決める助けになります。
自宅の断熱効果を簡単に測定する方法:クイックまとめ
- 温度減衰・上昇テストで「持ち」を把握。
- 温度差マップで部屋別・方位別の弱点を可視化。
- 表面温度/サーモで熱橋や欠損を発見。
- ドラフト検査で気密の穴を突き止める。
- 湿度・結露で快適性とリスクを点検。
- 光熱費×外気条件で改修効果を数値で確認。
結論
断熱は「測らなければ分かりにくい」テーマですが、温度計・湿度計・赤外線温度計(またはスマホ用サーモ)・薄紙といった身近な道具で、自宅の断熱効果を簡単に測定する方法を体系的に実践できます。単発の結果で断定せず、複数の視点(温度の変化率、温度分布、表面温度、隙間風、湿度、エネルギー)を重ね合わせることで、住まいの「弱点地図」が立ち上がります。弱点が見えれば、窓・隙間・日射遮蔽といった費用対効果の高い対策から着手でき、快適性の向上と光熱費の削減に直結します。必要に応じてUa値・C値などの専門指標やプロの診断を組み合わせながら、測る→直す→また測るというサイクルを回すことが、最短距離で住まいを育てるいちばんの近道です。